打ち明け話(第七番目) 放送日2019年12月29日

親愛なる国民の皆様、今日は。

2019年を見送る時点を向っているところです。三日間以内に2019年は失礼して去り、我々は2020年に入ることだけではなく、新年にも入るし、2020年代の新年代にも入ると同時に21世紀の第三番目の十年間の区間にも入ります。国民の皆様に2020年を迎えることに当たって、大喜びをお贈りしたい気持ちでございます。これからの十年間の区間について確実に言えるのは我国の発展に速力を与えるのに活発な役を果たす人々は今世紀に生まれた人々であるに違いがありません。というのは、今世紀の重要な課題を理解しながら成長してきている世代であるに違いがありません。今日、今世紀に生まれ育った青年を識別する特別な言葉がいくつかありますが、例えば、ミレニアル世代という表現でもよく知られているし、Z世代という名称でも知られています。最も重要なのはこの世代について深く認識されるようになったのは何であるかというと、この世代はソシャル.メディア世代であるのに違いがありません。我々は皆よく経験があるようにこの世代は能力満々の世代である。新しがり屋で、いつも変わった道を歩む夢を抱いている世代である。自分なりの意見もあるし、喜ばしいことに、特にインドのその世代に触れて言いたいのですが、この世代は政治体制を要求するように見えるだけではなく、その体制に喜んで従事することもある。では、場合によって、その体制は期待通り応じてくれなければ、不満感に陥ることもあるし、その体制に力強く訴える態勢をとることにも至るのです。私に言わせるとこれはとても良いことだと思います。確実に言えるのは、我国の若者は騒乱のような状態が嫌うのです。要するに、規律のない社会、不安定な社会のような事態を相当嫌うのです。氏族中心主義、カースト部族中心主義、内と外による差別するグループ主義、男女別グループ主義などを好まない世代である。時々見かけるのですが、空港ではまたは映画館では、行列に違反して真ん中に入り込む人がいれば、一番先に反対の声を出す人は若者であるに違いがない。私も経験しているのですが、そのような反対の声を出す事件が発生すれば、次の若者がすぐ携帯電話を利用して動画も作成し、その動画はあっという間に四方八方に普及する。異常者はすぐ実感がわくのです。要するに、この世代を象徴するような新規体制及び新時代、または、新しい考え方が発生してきているのです。今日のインドはこの世代に期待感をもっているのです。若者には我国を前進させていく責任がある。スワミ.ヴィヴェカナンド氏に言わせると「私は若き世代に信頼感がある。近代世代に信頼感がある。この新世代からこそ我国の多くの作業者が出てくる。ヴィヴェカナンド氏によれば「若者の価値を評価するのも可能ではないし、言葉でも表現が無理です。」人生にとってはこの青年時代は一番貴重な年代である。人生をどのように送るのかは青年時代をどのように過ごしたかによるものです。ヴィヴェカナンド氏によると活力及び精力がたっぷりあって、社会を変革できる生きがいがある人は若者です。これからの十年間、インドにとっては若者の進行の十年間として知られるようになるだけではなく、青年の実力によって、我国の発展に、または、我国の近代化にもつながるに違いがありません。来年1月12日にヴィヴェカナンド氏の生誕記念日を我国は青年の日として祝っている時、若者の一人ひとりにこれからの十年間で自分なりの役について考慮していただきたいし、目標を作って約束していただきたいと思います。

国民の皆さん、ヴィヴェカナンド氏が静座したカニヤクマリという海岸にある岩石に作り上げた岩石記念碑はもうすぐ50周年記念を迎えますが、ここ50年間この記念碑はインドにとっては誇りべきものだったのです。カニヤクマリは我国民にとっても、世界中の人々にとっても魅力のあるところだったのです。国家主義の気持に満ちた精神的覚悟を経験したい方々にも、ほかの皆様にも、この記念碑は聖地及び崇拝すべき場所になっている。ヴィヴェカナンド氏の記念碑は宗教、年齢、階級などを問わずに、みんなに国家主義の気持を抱かせたし、「神様なりの貧困民に対する世話」という真言の気持を生きる道の方へ導いてくれたのである。その記念碑に近寄るだけで、体内に勇気が湧いてくること、積極的に国のために力を尽くす気持ちが発生することが当然であろう。

インド国大統領もこの間、50年前に作られたその岩石記念碑をご訪問なさったし、副大統領も幸いに同じくグジュラト州にあるカッチャという地域に行われる「ラノツワ」という優越な行事の開催式にも参加しに行ってきました。我国の大統領も副大統領もこのようなインド独特の重要な観光地へ訪れているのは皆さんにも行きたい気持ちにつながるのではないかと思います。必ずそのようなところへ行ってみてください。

親愛なる国民の皆様、私たちは皆それぞれ別々な小中高等学校または大学を通じて勉強をするのですが、卒業してから同窓会のような絶好の機会を通じて若者たちは皆過去を懐かしく偲んで10年前のこと、20年前のことまたは25年前のことを思い出すことがよくあるのです。但し、時々同窓会も特別な機会になることもあるし、ほかの人々の興味を引き起こすこともあるだけではなく、全国民の興味を引き起こす必要もあると思います。同窓会自体は昔の多くの友人と出会うことがあって、さまざまな思い出を懐かしく偲ぶのはそれなりの楽しさがあるのですが、その同窓会を通じて共通な目標を抱くこともあれば、それとつながる約束があるし、また、その目標と感情的な絆を作ることができれば、その同窓会の楽しさが様々面で広がるのです。皆さんが経験されていると思いますが、同窓会は自分たちが卒業した学校のために何かしてあげたい気持ちがよくある。例えば、学校のコンピュータ化のために設備を整えてくれるし、図書館を作ってあげるし、飲水用の給水施設を作ってあげるし、教室の建設にも貢献するし、スポーツ施設を作ってあげる、など。なんでもやってあげたい気持ちのおかげです。自分が成長した学校のために必ず何かやってあげたい気持ちは皆が抱いている。そのために取り組んでいる人もいる。でも、今日、私は特別な事例を出してあげたいと思います。この間ビハル州の西チャンパラン郡にあるバイラヴガンジ保険センターの活動について放送局によっていろいろ伝わってきたのですが、とても興味深い話なのでみんなと共有せざるを得ないのです。このバイラヴガンジ保険センターに無料健康診査に周辺の農村の多くの人々があふれてきていたのです。このような話を聞いたら、皆さんがそれは普通の話のではないかと思うでしょう。保険センターに多くの人が健康診断のために集まるのは何が特別なのかと思うでしょう。いや、それは非常にと別な出来事です。この保険センターが行っている健康診査は政府機関が行っている事業ではありません。政府との関連もなかったわけです。それは現地のK.R.高等学校の卒業性が同窓会を通じて取り組んできた事業だったのです。「盟約95」という名称で発足したその取り組みは実際に1995年の卒業生の盟約で、その学年の卒業生は同窓会で出会った時、社会のために何か変わった取り組みに力を入れることに決心したわけで、結局公衆衛生意識拡散運動を生み出したのである。「盟約95」という組織のこの運動に地元のベティアという街の医学学校も、多くの病院も参加することになり、全面的な公衆衛生運動は本格的になり、みんなの前に実例の形として出てきました。よく言われるように、国民の一人も一歩を出せば、我国の13億の国民はみんな一歩を出すことにつながります。このような活動が見かけになったら、皆さんに大喜びを与えてくれるし、満足感をも与えてくれると同時にみんなに何かできるように促すことにもつながるのです。ビハル州のベティアという街に卒業生の集団が健康保険の負担を負うことと同じくウッタㇽ.プラデシュ州のフールプルという街の女性たちは頑張り屋で、周辺の人々を激励してくれたのです。この女性たちは自分の力で見せてあげたのは何であるかというとみんなが協働して必死で行えば事情を変えることに妨げが一切ないということです。昔はフールプルのこの女性たちは貧困事情で困っていましたが、家族のために社会のために力を尽くして何でもやってあげたい生きがいがあったわけで、カディプルというところにある女性相互支援グループという自己支援集団と協力してスリッパーを作る技能を身に付け、自分が経験していた依存生活の苦しみを乗り越えることができただけではなく、だれにも頼りのない生活を送ることができて家族全体をもサポートすることができるようになった。農村生活保護政策のおかげで最新な機械を利用したスリッパー生産工場も設立することにもなったのです。この女性たちが作っているスリッパーを買いあげてその女性たちを激励してくれた地元の警官及びその家族の皆様に特に大喜びの気持を伝えておきたいところでございます。この女性たちの決心のおかげでその家族全体の経済基盤も整ってきただけではなく、生活水準も上昇したわけである。フールプルの警官及びその家族の方々の話が耳に入ると私が今年8月15日に赤城の城壁からみんなにお願いをしたことを思い出してしまうのです。その時、地元の生産品を買い上げるようにみんなに訴えたのですが、本日は、改めて、現地の生産品を激励することに皆さんが取り組むことができるのでしょうか。我々が毎日の買い物には現地生産物を優先することができるのでしょうか。現地生産品を自分なりの身分柄及び自尊感の象徴として受け取ることができるのでしょうか。国民の仲間たちに繁栄をもたらすように、このような自国依存主義の気持ちで協力できるのではないでしょうか。国民の皆さん、独立運動主義者のガンジ氏はこのような自国依存主義の気持を何十万人の家庭に光をもたらして明るくできる力のある電灯としてみなしていたのである。このような気持ちはいくらでも貧困生活をしていてもその家庭に盛運をもたらすのです。百年前にガンジ氏は現地生産品の販売を激励する目的でこのような運動に取り組んでいたのです。人便りのない生活へのこの道にガンジ氏が案内してくれたのです。

2022年に我国は独立の75年周年記念を迎えます。我々が楽しく生活している今日の自由自在のインドを解放するために多くの愛国主義者が独立の目標に必死で、拷問されることにも至ったし、命を失うことにもなったが、その独立運動主義者の苦しみ及び犠牲のおかげで我々は今日の自由自在の生活を送るようになったわけである。我々はその恩恵を受けるようになったのであるが、国のために命を捨てた無数の人々、有名な人、無名な人、多くの人の名前さえ私たちが知らないかもしれないけれでも、その多くの人々が自分を犠牲にしたことは事実です。独立インドを実現する夢を抱えて、独立したインド、豊富なインド、幸福なインドの夢を抱いて自分を犠牲したわけです。

親愛なる国民の民様、2022年に独立記念の75年周年をきっかけに、ここ最低2~3年間私たちは現地生産品を請求するようにしましょうか。インドで生産されたわが国民の手で作られたもので、わが国民が流した汗のにおいがある生産品を購入するように皆さんにお願いできるのでしょうか。皆さんに長期間の約束を求めていないのですが、2022年まで、インド独立75年周年記念年の2022年までの約束をしていただきたいのです。このような取り組みは政府機関によるものではなく、現地それぞれに青年たちが前に出てきて、小さな組織を作って、人々を激励して、納得してもらって、現地生産品を重視するように、現地生産品を購入するように国民の汗のにおいがある生産品を優先するように、決心しましょう。それこそが我々が抱いている独立したインドの喜びのある時期である。その夢を抱いて歩きだしましょう。

親愛なる国民の皆さん、わが国民はだれにも頼らずに、自尊感を持って生活ができるようになるのはみんなにとってとても重要であると思います。そのためのいくつかの取り組みの中に注目を集めているのはジャッム.カシミール及びラダックという地域のヒマヤトという取り組みです。ヒマヤトという取り組みはどのような取り組みであるかというと、人々に技能開発及び雇用の機会を与える取り組みです。その取り組みによって、何らかの事情で進学できなかった15歳から35歳までの住民が参加することができるのです。

親愛なる国民の皆さん、この取り組みのおかげで、喜ばしいことに、2年間で18000人が専門分野の77部門で訓練を受けることができたのです。その中の5000人がどこかで就職していて、ほかの多くの人が自家業に挑戦することに至ったわけです。ヒマヤトという取り組みのおかげで人生を変えた住民たちの経験によるいくつかの話が耳に入ったが、それはとても印象深かったのです。

ヒマヤトという取り組みのもう一つの出世物語を話しましょう。パルヴィーヌ.ファティマ氏は一年前までカルギルという地域の小さな村に住んでいたのですが、現在タミルナード州にあるトリプルという街にある衣類を作る工場に出世して管理職につくようになったので、生活事情が大きく変わったし、自信を持つようにもなったし、独立自存を図ることができたおかげで家族全員にも経済的進展の機会をもたらすことができたのである。パルヴィーヌ.ファティマ氏と同様にヒマヤトの取り組みがレー及びラッダク地域の住民と若い娘たちに幸運を与えてくれたし、みんな同じくタミルナード州の工場で勤務中です。また、同じように、ヒマヤトの取り組みがドーダ地区のフィヤズ.アハマド氏にとっても天福をもたらしたようである。フィヤズ氏は2012年に高校卒業をしてから病気のため大学の方へ進学ができなかったが、2年間心臓病と戦っていた最中二人の兄弟にも死なれて、どうしようもなかったけれでも、ヒマヤトの取り組みの協力でもう一度立ち上がることができたわけである。ヒマヤトの取り組みによって結局ITESあるいは、情報技術適用事業関連の訓練を受け、現在パンジャーブ州で勤務中です。

フィヤズ氏が仕事をしながらつづけてきた大学の勉強は終了しつつありますが、この間、フィヤズ氏は自分が経験した苦しみをある会で語っていた時、涙があふれてきました。同じように、アナントナーグという地区のラキーブ.ウル.ラハマン氏も経済状況が困難で、退学しなければならず、ある日、動員キャンプを通じてヒマヤトという取り組みについて知るようになり、早速小売団長という短期訓練に入学し、それを終了して、現在ある企業に勤務中です。ヒマヤトという取り組みによって大きく恵まれてきた優秀な若者の事例がたくさんありますが、そういう人たちがジャッム及びカシミール地方の変革の象徴にもなっているのです。ヒマヤトという取り組みは政府と協力組織の訓練施設及び就職先の企業及びジャッム.カシミール地方の人民との協力は一番良い理想的な協力の事例だと思います。

この取り組みはジャッム.カシミール地方の若者には改めて自信を発揮することができたし、前進する道も開いてくれたのです。

親愛なる国民の皆様、今月26日に2010年代の最後の日食を経験しました。この日食の現象のせいか、MYGOVというウェブサイトにリプンさんはとても面白いコメントを書き入れたのです。それは次の通りです。「今日は。私はリプンです。私は東北インド出身の人で、現在南インドに勤務中です。ここで私は何を言いたいかと言うと、出身地にいた時、天体観測が好きの私は空気が澄んでいた時、何時間も空の星をじっくり眺める覚えがあるが、今職業で忙しいから、なかなかこのような趣味には余裕がない。この件について、少し案内していただけないでしょうか。特に、天文学が若者に注目を集めるようにどうすればよいのか。

親愛なる国民の皆様、私は多くの案件に恵まれるのですが、このような案が初めて入ってきたわけだとはっきり言えます。自然科学の場面について話す機会に以前も恵まれましたが、特に若者の依頼に応じて、話す機会があったのですが、この分野はいまだ話したことはないのです。すぐ最近26日に日食の現象を皆さんが経験されたので、皆さんもこの件に少しでも興味があると思います。全国民の皆さんのように、特に若い世代の皆さんのように私も26日に発生した日食の現象を経験するのに若者が抱いていた情熱と同じような情熱を持って必ず眺めようとしたのですが、残念ながら当日デリー市内は曇っていたので、私はその楽しさに恵まれず、テレビの画面上映していたインド国内様々な地域で見えた日食の綺麗なイメージを見ることができました。太陽は光っていた輪状のように見えていました。この現象について専門家との話によりますと、月は地球から相当離れているので、月によって太陽が完全に覆われることなく、周りに輪状の形が発生するのです。この日食は金環日食ですが、絡み日食とも言うし、未来日食とも言うのです。このような日食のような現象は我々が地球上の生活を送っていても実際に宇宙の中に回っている存在に過ぎないということを教えてくれるのです。宇宙には太陽及び地球とほかの惑星のような宇宙物がたくさん回っているのです。皆さん、インドは宇宙学及び天文学に関する古代からの誇るべき歴史があります。インドは空に点滅している星との関わりが我国の文明ほど古いです。皆さんの中に多くの方が良く知っていると思いますが、インドでは、いくつかの地区にジャンタル.マンタルという立派な天文観測所があり、見学するところだろうと思います。このジャンタル.マンタルというところは天文学との深い関わりがあります。古代インドの天才の科学者のアルヤバットのことを知らない人がいないと思いますが、その科学者は日食及び月食両方の現象について詳しく解明してくれたのです。それだけではなく、その解明には哲学的説明も数学的説明両方が入っています。数学を利用して地球の影の大きさをどのように計算するのかを解明してくれたし、日食及び月食の期間を計算できる方法も教えてくれたのです。科学者のアルヤバットの弟子であるバスカル氏のような科学者たちはこの研究と知恵をもっと豊富にする努力をしたのですが、14世紀~15世紀にはケララ州にあるサンガムという農村のマダヴ氏は宇宙にある惑星の位置を計算するのに微分積分学を利用しました。夜になってから見えてくる空は単なる好奇心の対象ではなくて、数学の面から考える人と科学者たちのための重要な素材だったのです。数年前、私は「前近代カッチ航海及び航海術」という本の出版公開式に出席し、その本を公開役に当たったのですが、この本はある意味で船員の日記であるし、船員が海に出ている時経験したことを自分なりの表現で記したものです。今の時代では船員の記録を、それもグジャラト語で書かれている古文書の集成は航海術を語っているし、空での星の動きについても、語っているのです。この本では、著者は航海している時、星の動きによって方向を決めることができるかについてはっきり説明しているのです。行く先を案内してくれるのは星です。

親愛なる国民の皆さん、宇宙学の分野では、インドはだいぶ進歩しているのですが、我国が取り組んでいる事業はとても先駆的である。我が国はプネ市の近くに大規模な宇宙望遠鏡があり、コダイカナル市、ウダガマンダラム市、グル.シカル市、ハンレ.ラダック市にも強力な宇宙望遠鏡があります。2016年にはベレギの総理大臣と私がナイニタル市にデワスタルというところに3.6メータルの可視光望遠鏡の公開式に出席させていただきましたが、これはアジア大陸の一番大きな望遠鏡として認められています。インド宇宙研究開発所あるいはISROはASTROSATという宇宙衛星があるし、太陽の研究のためにISROはアディタヤという名前でもう一つの衛星を打ち上げることにしています。宇宙に関する知識は古代インドの知識なり、近代科学研究による実績なり、それを我々に理解する必要があるし、誇るべきものとして受け取る必要があります。現在、若い世代の科学者たちには、科学の歴史を知りたい意欲もあるように見えますが、宇宙学の未来についても強力な意欲もあるに違いがありません。

我国に設置されている天文館は夜空を理解できるように激励してくれることだけではなく、星を眺めるような趣味を促進するためにも激励してくれるのです。よく屋上に、または、ベランダに望遠鏡を設置して星を眺めるのを楽しむのです。星座観測のような趣味によって農村では合宿及びピクニックなどのようなことも促進することが可能です。また、学校ではよく部活動として宇宙部を作ることに至っているのですが、このような取り組みは促進すべきです。

親愛なる国民の皆様、我国の国会議事堂は民主主義の崇拝所としてよく知られているのですが、誇るべきことに、皆さんにここで言っておきたいのは何かと言うと、皆さんが選出してくださった我国の国会の議員たちはここ60年の記録を上方修正したのである。ここ6か月間で、17回の国会の参議院と衆議院両院には大きく実りある時期だったのです。衆議院は仕事を114%ほど多くやり遂げたが、参議院の仕事は94%少なくなりました。場合によって、議論が夜遅くまで続いたのである。その前に予算案決議会期は135%ほど多く仕事を済ましたのである。なぜそのような話に触れているかというと、議員の皆さんが鑑賞すべきだと思います。皆さんが選出して国会に送ってくれた議員たちのみんなが60年間の記録を全部更新したのである。これほど国会が仕事ができる自体は民主主義の力を、または、民主主義に対する信頼感を表すのではないでしょうか。私自身として両議院の事務員の皆様に、様々の政党の皆様に、議員の皆様に、このような積極的の役を果たしていただいたこと、感謝の気持を表したいところでございます。

親愛なる国民の皆様、太陽と地球、それに次いで月の動きを日食が決めるわけではなく、多くのものによって決まるわけです。皆さんがよく知っているように、太陽の動きによって、1月中旬に全国に様々な行事及び祭りが行われるのですが、北西にあるパンジャブ州から南にあるタミルナード州まで、また、西にあるグジャラト州から東北にあるアッサム州まで地元の人々が様々な祭りに楽しく参加することになります。1月に大騒ぎのマカル.サンクランティとウッタランという祭りがあるのですが、この祭りはエネルギの象徴として受け止められています。同時にパンジャブ州にローリという祭り、タミルナード州にポンガルという祭り、アッサム州にはマーグ.ビフという祭りなどが行われるのです。こういう祭りは農村の繁栄及び豊作に直接関連している祭りです。この祭りはインドの統一性及び多様性を思い出させるような祭りです。ポンガルという祭りの最後の日、偉大なる人物のティㇽヴァッルワル氏の生誕周年記念日を祝う機会にわが国民が恵まれるのです。この日は偉大な著者及び思想家であった、ティㇽヴァッルワル聖人に、その人生に捧げられるようになっています。

親愛なる国民の皆様、本日の打ち明け話は2019年の最後の話になりますが、2020年にはもう一度会いましょう。新年の始まり、新年代の始まり、新決心の始まり、新エネルギの始まり、新しい喜び、新しい熱意を整えて、歩きだしましょう。決心した目標に達成するのに力を合わせましょう。遠くまで歩かざるを得ないし、やりたいことがたくさんあるし、我国は新記録に達成できるように頑張らなければならないし、13億の国民の勇気を、その活力を、また、その約束を、尊敬して、動きだしましょう。どうもありがとうございました。皆さんに大喜びがありますように。