マン・キ・バート(第13回) 放送日:2020年6月28日

 

国民の皆様、こんにちは。2020年も半分が過ぎ去ろうとしています。Mann ki baatも今年回目の放送となります。この間、Maan ki baatでは様々なトピックについて話をしてきました。けれども、新型コロナウイルス感染症が世界的に拡大し、それが人類共通の脅威になるにつれ、当然のことながら、Maan ki baatでもこの話題について多くの時間が割かれるようになりました。今、人々の話題の中心はコロナです。いえ、ほぼコロナだけが会話のは話題になっています。誰かが誰かに電話をすると、開口一番に人々は言います-「今年は時間が過ぎるのが何て遅いんだろう。どうして早く過ぎ去ってくれないのだろう」と。人々は友人や知人にメールを書いたり、様々な場面で話しをする機会があるとこう言います-「今年は何て酷い年なのだろう。2020年は呪われた年だ。」と。このように、人々はただ、この年が何とかして、出来るだけ早く過ぎ去って欲しいと願っているのです。

けれども、私は時々考えざるを得ません-「どうしてそうなんだろう。どうしてみんなはそういう風に考えるんだろう。その理由はなんだろう」と。半年前、コロナ危機がやってくること、コロナウイルスとの戦いがこんなに長くなることを誰が想像できたでしょうか。でも今、コロナは世界中で猛威を振るっています。そして、我が国インドはコロナだけでなく、それ以外にも日々新しい困難に直面しています。つい先日、インド東部はサイクロン・アンファン、インド西部はサイクロン・ニサルガに襲われました。インドの多くの州でサバクトビバッタの大群が農産物を食い荒らし、農家の皆さんに甚大な被害をもたらしています。それだけではありません。国のあちこちで小さな地震が頻発しています。更に、我々と国境を接する国々が問題を引き起こしています。こうした様々な問題に対処しなければなりません。本当に、これだけの短い間にこれだけのレベルの災害が一遍に起こることは、普通はあまりありません。それ以外にも様々に、小さな出来事が起こっていますが、人々はそうしたことも、こうした問題と関連付けて見ています。

国民の皆様、災害は起こります。危機も起こります。けれども、こうした数々の災害・危機があるからと言って、私たちは2020年を悪い年だと考えるべきなのでしょうか。1年の半分がこういう風に過ぎてしまったからと言って、1年間を丸々そういう風に考えることは正しいことなのでしょうか。違います。全然違います。1年に1回だけ災難がやって来る年もあります。あるいは50の災難がやって来る年もあります。けれども、災難の数は問題ではないのです。災難の数で、その年が悪い年だということにはならないのです。インドは、その長い歴史の中で様々な惨事や危難を克服し、その過程において多くのことを得て今に至っています。この数百年の間にも、様々な侵略者がインドを攻撃し、危機に陥れました。人々は、国の基本的構造が破壊され、その文化が潰えてしまうだろうと危惧しました。けれども、そうした危難によって、それを克服することで、インドは更に大きくなったのです。

国民の皆様、インドにはこういう言葉があります-

सृजन शास्वत है, सृजन निरंतर है I (創造は永遠にして、創造は連綿として)

この言葉から、ある歌を思い出しました-

यह कलकल छलछल बहती, क्या कहती गंगा धारा ?

युगयुग से बहता आता, यह पुण्य प्रवाह हमारा Iy

さらさら、さらさら流れているよ、何を語りかけているのガンジスの流れよ。

時代を超えてたゆまず流れているよ、インドの聖なるガンジスの流れよ。

この歌の続きはこうです- 

क्या उसको रोक सकेंगे, मिटनेवाले मिट जाएं

कंकड़पत्थर की हस्ती, क्या बाधा बनकर आए I

何物もそれを止めることは出来ないよ、障害となるものは跡形もなく消え去って行くよ。

石ころや岩が立ち塞がっても、それを止めることは出来ないよ聖なるガンジスの流れよ。

我が国には何度となく大きな危機が訪れましたが、それを乗り越えることで多様な「創造」がなされました。新しい文学が生まれ、新しい研究が行われ、新しい理論が生み出されました。つまり我が国は、どんな苦難の時にあってもあらゆる分野で「創造」のプロセスを継続させ、その文化を発展・発達させ、成長を続けて来たのです。このように、インドは常に危機をばねにして成功への階段を上って来たのです。この精神を持って、この危機的状況の真っ只中にあっても、私たちは前進し続けなければなりません。皆さん一人一人が、13億の国民がこの考えを共有し、歩みを前へ進めれば、この年は数々の「新しい業績」を樹立する年になるでしょう。そして、この年、我が国は数々の新しい目標を達成し、これまでにない高みに到達するでしょう。私は13億人の国民の力に、皆さん一人一人に、そしてこの国の伝統に全幅の信頼を寄せています。

国民の皆様、危機がどれほど大きなものであれ、我が国の文化・伝統は無私の精神で世話を行うことを奨励します。世界が困難に見舞われたとき、インドは支援の手を差し伸べました。その精神こそが世界の平和と発展における我が国の役割をより強化したのです。この過程で、世界は我が国の友愛精神を感じると同時に、我が国がその主権と国境を守るための力を有していること、コミットメントを示したことを目撃しました。ラダック地方でインドの領土に狙いをつけた者は、容赦のない厳しい返事を貰うことになりました。インドは友人関係を維持する方法を知っています。けれどもそれと同時に、敵意を持つ者には、その目を真っすぐに見据え、相応の返事を与えることも出来るのです。我が国の勇敢な兵士たちは、どんな相手も、我が国の母なる大地の誇りを傷つけることは出来ないということを証明してくれました。

今、我が国の国民の一人一人がラダックで名誉の戦士を遂げた兵士たちの勇敢さに敬意を表し、哀悼の意を捧げています。全国民は彼らに感謝し、そして頭を垂れています。全ての国民がまるで自分の家族を失ったかのように、悲しみを感じています。国のために命を捧げた勇敢な息子を持ったことを誇りに思う遺族の気持ち、その遺族たちの国に対する強い思い、それが我が国の力なのです。皆さんもご覧になったと思います。殉死した兵士のご両親は、他の息子も、他の子どもたちも軍隊に入隊させたいと語っていました。今回、殉死を遂げたビハール州のクンダン・クマールさんのお父様の言葉は心を揺さぶります。「国を守るために、孫も軍隊に入隊させる」とお父様はおっしゃいました。これは、殉死を遂げた全ての遺族の気持ちです。遺族の方々のこのような犠牲的精神は尊敬に値します。「母なる大地」を守るために兵士たちは誓いを立て、そして母国のために命を捧げました。兵士たちのこの「誓い」を我々全ての国民が共有しなければなりません。それを人生の目標に置かなければなりません。国境を守るために国力を高めること、より強くなること、自立的であること、その方向に向かって努力すること、その努力こそが本当の意味で殉死を遂げた兵士たちのために哀悼の意を捧げることになるのです。アッサム州のラジニーさんは、ラダック東部で起こっている国境紛争を見て、ある決意をしたと言っています。「地元の産物だけを買うこと。地域のために声を上げること」それが彼女の決意です。私の元に、同じようなメッセージが国中から送られてきます。同じような趣旨の手紙を沢山の人々から貰いました。例えば、タミル・ナドゥ州のマドゥライに住むMohan Ramamurthyさんは「我が国は、自国防衛において自立的であって欲しい」と書いています。

皆さま、独立以前、我が国は防衛分野において世界の他の国より進んでいました。多くの軍需工場がありました。当時、我が国の後塵を拝していた国の多くが現在は、我が国の先を進んでいます。独立以後、防衛分野において、我が国はそれまでの経験を生かすことができませんでした。けれども今、我が国インドは防衛分野において、そしてテクノロジーの分野において前進すべくたゆまぬ努力を行っています。あらゆる意味において「自給自足」の方向へ歩みを進めています。

皆様、どんなミッションも「People’s Participation」つまり「住民参加」なしでは成功裏に遂行することはできません。ですから、「Self Reliant India(自給自足のインド)」というミッションを実現するためには、皆さま一人一人の決意・誓い、献身、協力が絶対に必要なのです。地元の産物を買い、地域のために声を上げることにより、皆さんは我が国の国力を高めるために、その役割を果たすことができるのです。これも、ある意味「国のために尽くす」ことになるのです。どんな職業の人であっても、どんな場所に住んでいても、全ての国民は国のために何かしらできることがあるのです。我が国が何を必要としているか、それさえ理解していれば、それぞれの仕事をこなすことが国のためになるのです。このように皆様お一人お一人の「奉仕」がインドを強くし、そして、インドが強くなれば世界平和の実現可能性が見えてくるのです。我が国には次のような言葉があります-

विद्या विवादाय धनं मदाय, शक्ति: परेषां परिपीडनाय |

खलस्य साधो: विपरीतम् एतत्, ज्ञानाय दानाय रक्षणाय ||

この言葉の意味は次の通りです-「性悪な人間は、その知識を論争のために、その富を見栄のために、その力を他の人を困らせるために使う。一方、善良な人はその知識を学問のため、その富と力を他の人を助け、守るために使う」。我が国インドは、その力をいつも「他者を助け、守るために」行使してきました。「国の誇りと主権を守る」-これが私たちの誓い・決意です。「self-reliant India:自立したインド」-これが私たちの目標です。「信頼、友愛」-これが私たちの伝統です。「人と人との絆、国と国との絆」-これが私たちの基本精神です。この理想を胸に、我が国は将来に向かって歩みを進めて行きます。 

国民の皆様、コロナ危機の只中にあって、我が国はロックダウン解除へ向けて歩みを進めました。我が国は今「段階的ロックダウン解除」措置を行っています。この期間、我々の中心的な課題は、コロナを打ち負かし、経済の立て直しを図ることです。全面的なロックダウン解除へ向かうこの間、ロックダウン期間中よりももっと慎重に、用心して行動することが大切です。「警戒を怠らないこと」、それこそがコロナから身を守る手段なのです。「マスクをつけない」「ソーシャルディスタンスを守らない」「必要な注意を怠る」ことは、あなた自身だけでなく他の人をも危険に晒すことになるのです。特に、年配の方々、子供たちが命の危険に晒されることになるのです。このことを是非覚えておいて下さい。

皆さんにお願いがあります。何度でも何度でもことことをお願いしたいと思います-「注意を怠らないで下さい。ご自身のことを、そして他の人々のことも大事にして、注意深く行動して下さい。」これが私からの皆様へのお願いです。

皆様、この間、つまり「段階的ロックダウン解除」措置が取られている間に、我が国で何十年もの間、ある意味「ロックダウン」措置が取られていたセクターにおいても規制や制限が撤廃されつつあります。何十年もの間、我が国の鉱業部門はロックダウン的状況下にありました。けれども、先日承認された競売調達を可能にする決定は、この状況を完全に変えました。スペース部門でも歴史的な改革がありました。この改革により、何十年もの間「ロックダウン」下にあったこのセクターは自由を手に入れることができました。これにより「Self-reliant India 」つまり「自立したインド」キャンペーンが推進されるだけでなく、技術開発も後押しを得ることができます。農業部門でも様々なロックダウン的規制・制限が緩和されました。これにより農家は農作物をどこでも、誰にでも自由に販売できるようになりました。また、より多額の融資を受けることができるようになりました。このように、この危機的状況の只中にあっても、多くの分野で歴史的な決断を下し、環境を整備し、社会的・経済的発展への新しい歩みを進めているのです。

国民の皆様、このプログラムでは毎月、私たちの心に強く触れるニュースを紹介しています。これらのニュースは、インドの国民がお互いに助け合い、誰かのために出来る限りのことをやってあげているということの証左です。

先日、私はある記事を読んでとても感銘を受けました。アルナーチャル・プラデーシュ州のSiang 地方のMirem村の人々のある試みについて書かれた記事です。Mirem村の人々は、私たち全国民の模範になるようなユニークな活動を行いました。この村では多くの人々が出稼ぎ労働者として、村の外に出ています。コロナウイルス感染症が拡大を続ける中、そうした人々が村へ帰って来ようとしていました。そうした中、村の人々は村の外に隔離センターを設立する決心をしました。皆で協力して村から少し離れた場所に隔離センターとして14の小屋を作りました。出稼ぎ労働者が村に戻ってきたら、彼らに一定期間、そこで待機してもらうことにしたのです。この小屋にはトイレの他、電気・水道など日常生活に必要な設備も備えました。Mirem村の人々のこうした努力と意識の高さは、全国民の注目を集めました。

皆様、インドにはこういう言葉もあります-

स्वभावं जहाति एव, साधु: आपद्रतोपी सन |

कर्पूर: पावक स्पृष्ट: सौरभं लभतेतराम ||

この言葉の意味は次の通りです-「樟脳は火にくべられてもその香りを失うことはない。同じように善良な人々は危難の時にあってもその徳・高潔さを失うことはない。」この危機的状況下にあって、今日の我が国のマンパワーや労働者たちは、この言葉を体現していると言えるでしょう。ここ最近、私たちは我が国の出稼ぎ労働者達の様々な物語、私たちにインスピレーションを与えてくれるような多くの物語を目撃しています。ウッタル・プラデーシュ州のBarabanki村に戻って来た出稼ぎ労働者達は、Kalyani川の本来の姿を取り戻すために活動を始めました。川がその本来の美しさ、そして生気を取り戻すのを見て、近くの農家の人々、近隣の村の人々も奮い立ちました。村に帰って来て、隔離センターで待機しながら、我が国の労働者の仲間たちは、自身の技能を活かし、周囲の状況を変えました。素晴らしいことですね。けれども、皆さん、我が国の何十万という村々には、私たちが知らないだけで、こうした物語が溢れるほどあるのです。これこそが我が国の特質なのです。皆さんの村にも、皆さんの身近にも、同じように素晴らしい出来事が起こっている筈です。もし、そのような出来事が皆さんの耳に入ったら、あるいは目にしたら、是非私に書いて寄越して下さい。この危難の時にあって、こうした物語によって、他の人もインスピレーションを得ることができるのです。

国民の皆様、コロナウイルスのせいで、私たちは自身の生活、生き方を変えることを余儀なくされました。私は先日、ロンドンから出版されているFinancial Timesでとても興味深い記事を読みました。それには「コロナ危機の最中にあって、生姜、ウコン、その他の香辛料の需要がアジアだけでなくアメリカでも増加している」と書いてありました。今、世界中の人々は、「どうやって免疫力を高めるか」ということに注目しています。我が国は、免疫力を高める食品の宝庫です。私たちはその特質を世界の人々が容易に理解できるよう簡単で易しい言葉で伝える必要があります。それによって私たちも「より健全な地球」に貢献できるのです。

国民の皆様、もし新型コロナウイルスのパンデミックのような危機が訪れなかったら、私たちはおそらく人生とは何であるか、生きる意味は何なのか、どうやって生きたらいいのかを、それ程深刻に考えることはなかったと思います。多くの人々がコロナのせいで、精神的疲労やストレスを感じています。一方で、ロックダウンの期間中、小さな事柄に幸せを見出すことが出来た、生きることの再発見をしたという人々もいます。また、家の中で出来る伝統的な遊びやゲームを家族と共に楽しんだといういう人も沢山います。

皆様、我が国は伝統的な遊び・ゲームの宝庫です。例えば、皆さんも、Pachisi というゲームについて聞いたことがあるでしょう。これは、タミルナドゥ州ではPallanguli、カルナータカ州ではAli Guli Mane 、またアーンドラ・プラデーシュ州ではVamanGuntlu という名前で呼ばれています。ある種の「戦略ゲーム」です。くぼみがたくさんあるボードを使います。ゲームの参加者は相手の玉や種、貝などを取っていきます。このゲームは南インドから東南アジア、そして世界中に広がったと言われています

皆様、世界中の子供たちは皆「蛇と梯子」と言うゲームを知っています。けれども皆さん、これが、インドの伝統的なゲームの一つだったということをご存じでしたか。このゲームは古代インドでは Moksha Patamu という名で広く親しまれていた。我が国には、Guttaという伝統的なゲームもあります。大人も子供も楽しめるゲームです。同じサイズの小石さえあれば遊べるゲームです。小石を一つ上に放り投げて、それが空中にある間に地面に置いてある残りの小石を手に持ち上げるゲームです。一般的に、我が国のインドアゲームには大きな道具は必要ありません。小石やチョークを持って来て地面に線を引けばゲームが始まります。サイコロが必要なゲームも、宝貝やタマリンドの種で代用できます。

皆様、私の話を聞いて子どもの頃に戻った人や、子供の頃を思い出した人が沢山いることでしょう。子どもの頃、子どもの頃に遊んだこうしたゲームをどうして忘れてしまっていたのでしょう。おじいちゃんやおばあちゃん、おじちゃんやおばちゃん、私たち大人が次の世代に伝えなければ、我が国の伝統的なゲームは失われてしまいます。オンライン教育が始まっていますが、バランスを保つためにゲームはオンラインではなく、こうしたゲームを子供たちに教えて上げてはいかがでしょうか。我が国の若い世代のために、我が国のスタートアップのためにも、今、新たな、そして大きなチャンスが到来しています。我が国の伝統的なインドアゲームを新たな形で、より魅力的な装いを施して提示してみてはいかがでしょうか。それに必要な材料の調達業者、ゲームの供給業者など、こうしたスタートアップは注目を集めることになるでしょう。伝統的なゲームは地域のものです。皆さん「地元の産物を買う。地域のために声を上げる」という誓約を覚えておいでですね。

そして、私は私の若い友人たちに、我が国の子供たちに、お願いしたいことがあります。皆さんは、必ずや私のお願いを聞いてくれますよね。じゃ、聞いて下さい- 皆さん、ちょっと暇な時間があるときに、お父さんやお母さんにお願いしてスマホを借りて下さい。そしておじいちゃんやおばあちゃん、おじちゃんやおばちゃん、他のお年寄りの方々にインタビューをして、スマホで動画を作って下さい。テレビで記者がインタビューをやっているでしょう。あんな感じで皆さんもやってみて下さい。どんな質問をするか。ちょっとしたヒントを上げましょう。例えば、子どもの頃、どんな生活をしていたか。どんな遊びやゲームをしていたか。芝居を見に行ったことはあるか。映画を見に行ったことはあるか。長い休みにお母さんの田舎に行ったことはあるか。畑で仕事をしたことはあるか。祭りはどうやって祝っていたのか。などなど。色々なことを聞くことが出来ますね。おじいちゃんやおばあちゃんも40年前、50年前、あるいは60年前のこと、その頃の生活を思い出して、きっと喜んでくれると思いますよ。皆さんにとっても4,50年前のインドはどうだったか、皆さんが住んでいる地域はどうだったか、近所はどうだったか、どんな習慣や風習があったか。それを知るいい機会になるでしょう。どんな質問でもいいんです。お年寄りのお話を聞いて、皆さんはきっと沢山のことが学べるでしょう。色々なことを知ることができるでしょう。とても楽しめると思いますよ。それだけでなく、この動画は皆さんの家族にとっても、貴重な宝物となるでしょう。とてもいいビデオアルバムになるでしょう。

皆さん、自伝や伝記は歴史の真実に近づくための有効な手段です。皆さんも、皆さんの周りのお年寄りや大人たちの子どもの頃や若い頃のお話を聞けば、そのことがよくわかるでしょう。今は、大人にとっても、自分の子どもの頃、当時の生活、その時代について、子ども達に話をするいい機会だと思います。

皆さん、今、国中の大部分の地域では、既に雨季に突入しており、気象学者は今年は雨が豊富に降るだろうと予測しています。雨が豊富に降れば田畑の収穫も豊作となり、そして、自然環境も緑に満ちることでしょう。梅雨になると自然も青々しい緑に生き返ります。自然は、人間が利用した自然の資源を雨季の間に甦生せます。しかし、この自然甦生の法則は、私たちが母なる地球を支え、私たちの責任を果たした場合にのみ可能なのです。我々の些細な努力でも、自然と環境を大きく支えることにつながります。そして、多くの国民がこれに特命の力を尽くしています。

カルナタカ州のマンダヴェリに80歳から85歳ぐらいの普通の農家の方で、素晴らしい個性を持ったカメゴウダさんと言う方がいらっしゃいます。彼は、なんと80歳前半の年齢にして誰にも打ちのめされることのない素晴らしい手柄をたてました! カメゴウダさんは、毎日放牧のために動物を連れていきますが、その合間に、彼の地域に新しい池を作ったのです。彼は、自分たちの地域の水不足の問題をどうにか克服したいと考え、やがて彼は水の保全作業をしながら、小さな池の建設作業に従事しました。

皆さんも大変驚かれるだろうと思いますが、カメゴウダさんのような80代の方が、彼の努力と汗でこれまでで16もの池を掘ったのです。むろん、彼の作った池はそれ程大きくないかもしれませんが、彼の努力は膨大です。今日、これらの池のお陰で、地域全体が新しい生命を手に入れました。

また、グジャラート州のバドダラでも大変励みになる例があります。バドダラでは、地域行政と地元住民が一緒に面白いキャンペーンを企画しました。このキャンペーンにより、バドダラでの1000校におよぶ学校で雨水貯留が開始されました。その結果、年間平均で約1億リットルの水が節約されていると推定されています。

皆さん、我々も、カルナタカ州のカメゴウダさんや、グジャラートのバドダラの皆さんと同様に、この梅雨の間に率先して自然を保護し、環境を保護するために考え実行する必要があります。もうすぐ多くの場所で、ガネーシュチャトゥルティのお祭りの準備が始まると思います。今回は、環境に優しいガネーシュ像を作成し、それらだけを祀ってみてはどうでしょうか。お祈りが終わり川や池に浸された後、水やその中の生物を危険にさらすような神様の偶像への崇拝は断念した方が良いのではないでしょうか。国民の皆さんが私の勧告を前向きに対応してくれると私は確信しています。

皆さん、この雨季の季節に現れる様々な病気からも警戒する必要があります。また、Covid19が存続する間、私たちはこれらの病気からも身を守らなければいけません。アユールヴェーダの薬、ハーブの煎じ薬、お湯等を愛飲し、健康で居られる様にしましょう。

 

今日6月28日、インドは特に国を重要な段階に導いた1人の元首相に敬意を表しています。

今日のこの日は、私たちの元首相ナラシマ・ラーオの誕生100周年です。元首相元首相ナラシマ・ラーオと言えば、当然浮かぶ彼のイメージは政治指導者としてのイメージです。しかし、彼はインド国内外の複数言語の話者であったことも事実です!彼はインドの価値観に根ざしていただけではなく、西洋文学と科学の知識をも持つ方でした。彼はインドで最も経験豊富な指導者の一人でした。 しかし、私たちが知っておくべき彼の人生の別の側面もありました。

元首相ナラシマ・ラーオは10代の頃に自由運動によく参加していましたが、ある日ハイデラバード州のニザームがヴァンデマタラムを歌う許可を却下しました。当時、彼はわずか17歳でしたが、ニザームへの反対運動に積極的に参加し、その頃から不公平に対する反対の声を上げることをずっと続け、そのためにはあらゆる手段を講ずりました。元首相ナラシマ・ラーオは歴史もよく理解していました。非常に平素な背景からの彼の昇進、教育に対する彼の熱心さ、学ぶ熱意、そしてこれらすべての特質と共に、彼のリーダーシップ能力は全て印象的です。

元首相ナラシマ・ラーオの生誕100周年にあたり、私たち全員が彼の人生と考えについて可能な限り知る機会を持つ事をお勧めします。改めて、元首相ナラシマ・ラーオに敬意を表します。

国民の皆さん、今回の「マンキバート」でも様々な話題に関して話しました。次回は、さらにいくつかの新しい話題に触れていきたいと思います。皆さんも、私にメッセージと革新的なアイデアを送り続けてください。私たちが一緒に前進すれば、これからの日々は更にポジティブになると思います。初めにも述べたように、私たちは今年、つまり2020年に改善するだけでなく、前進もすれば、国は更に伸びると信じています。皆さん、2020年はこれからの10年におけるインドに新しい方向性を与えると確信し、信念を持って前進し、また健康を維持し前向きに先に進みましょう。ありがとうございました。


ナマステ