マン・キ・バート(第19回) 放送日:2020年12月27日

国民の皆さん、ナマスカール。今日は12月27日です。もう4日もすると、2021年が始まります。つまり、今回が2020年の締めの「マン・キ・バート」で、次回が2021年の幕開けの「マン・キ・バート」になるというわけです。今、私の目の前には皆さんから届いた手紙が山のように積まれています。政府に対する皆さんからのご意見、ご提案も山のように届いています。また、直接電話下さった方も沢山いらっしゃいます。こうした手紙や電話で、皆さんは2020年のご自身の経験、あるいは2021年に向けた抱負を述べてくれました。コルハプールのアンジャリさんからは「来年の新春には、知り合いにおめでとうを述べ、日頃の感謝の気持ちを伝えるのに加えて、国のためにも新年を寿ぎ、祈りを捧げましょう」との提案を頂きました。Anjaliさん、とてもいいご提案です。我が国インドが2021年に様々な分野で成功を収め、頂点を極め、世界の大国として羽ばたけますように –  新年に向けた国民の願い事として、それ以上のものはないでしょう。

 

ムンバイのアビシェークさんがNaMo のアプリにメッセージを投稿して下さいました。そのメッセージの中で、アビシェークさんは「2020年という年が私たちに見せてくれたもの、教えてくれたものは、それ以前には想像だにしないものでした」と述べています。そして、コロナにまつわる様々な話、出来事を書いてくれました。今から、皆さんから寄せられたお便り、メッセージなどで皆さんが共通して述べていること、特に目についたことをお話ししたいと思います。皆さんの多くが我が国の連帯する力を称賛しています。我が国が他の国々に先んじて外出制限という試みを行ったとき世界の耳目を集めたこと、全国民が一緒になって拍手をしたりベルを鳴らしたりしてコロナウイルスと最前線で戦う医療従事者に対し感謝と団結の意を示したことをお書きになっています。

皆さん、我が国のごく普通の国民も変化が訪れたことを感じています。その中で私はある意味、希望の光が射しているのを感じています。我々は数々の困難に直面しました。何度も危機的状況に陥りました。新型コロナウイルスの感染拡大を受けて、世界中でサプライチェーンの寸断が起こりました。けれども、そうした危機的状況下の中から私たち国民は新しい学びを得、我が国は新しい能力を獲得しました。もし、その能力に名前を与えるとしたら、それは「आत्मनिर्भरता自立の精神」です。

デリーのアビナヴ・ベナルジー(Abhinav Banerjee)さんが、とても興味深い体験談を書いて送ってくれました。アビナヴさんは、親戚の子ども達への贈り物としておもちゃを買うためにデリーのジャンデワラン(Jhandewalan)マーケットへ行きました。このマーケットは自転車とおもちゃの市場として有名です。以前このマーケットでは「高価な玩具」と言えば、輸入物でした。「安価な玩具」でさえ、外国からやって来ました。けれども今、マーケットの多くのお店が買い物客に「これはいい玩具だよ。なぜなら、これはインド産だから」と呼び掛けて、インド産のおもちゃを売っているとアビナヴさんは書いています。買い物客もまた、国産の玩具を買い求めているそうです。

これは、私たちの考え方が大きく変わった確かな証拠ではないでしょうか。1年の間に国民の考え方にこれほどの大きな変化が起きました。この変化を評価するのは簡単なことではありません。エコノミストでさえ、そのパラメーターで評価することはできません。

ヴィシュカパトナム(Vishakhapatnam)のヴェンカット・ムルリ・プラサド(Venkat Murli Prasad)さんからはちょっと違うアイデアを頂きました。ヴェンカットさんは私のために「2021年のABC」を同封すると書いていました。ABC?私は最初ヴェンカットさんの意図がわかりませんでした。けれどもヴェンカットさんの手紙に同封されていたチャートを見て合点がいきました。そのチャートを見て、ヴェンカットさんの意味するところがアトマニルバール・バーラット・チャート(Atmanirbhar Bharat Chart)(自立したインド)の頭文字をとったABCだということがわかったのです。このチャートはとても興味深いものです。ヴェンカットさんは、電化製品、文房具、パーソナルケア製品など、日常的に使う沢山の品物のリストを作りました。ヴェンカットさんは、こうした品物の国産品があるのに、私たちは意識的にあるいは無意識に外国産を使っていると嘆いています。ヴェンカットさんは今後、国産品のみを、つまり、我が国の国民が汗水流して作った商品のみを使う決心をしたそうです。

ヴェンカットさんは、次のようにも述べています- 国民は「自立したインド」という政府の政策をサポートしている。製造業者も製品の品質を妥協しないという姿勢を持つべきだ。とても興味深いポイントだと思います。本当にその通りです。今は、Zero effect, Zero defect(環境への負荷ゼロ、不良品ゼロ)のスキームに則って「モノづくり」を行う絶好の機会です。私も我が国の製造業者及び業界の指導者たちに要請したいと思いますー 国民は一歩を踏み出した。確かな一歩を前へ進めた。地域のための声(Vocal for Local)という言葉が家々に響き渡っている。地元の経済を支えるために、地元のものを購入しようと、人々は声を上げている。そうした中、世界標準の製品を作ることが企業側に求められている。世界一の製品をインド国内で作って見せるべきだ。そのために事業家もスタートアップ企業も、最初の一歩を踏み出さなければならない。その歩みを前へ前へと進めるべきだ-ここで改めて、ヴェンカットさんの骨折りに敬意を、素晴らしいご提案に感謝の意を表したいと思います。ヴェンカットさん、本当にありがとう。

皆さん、私たちはこの気持ちを維持し、より大きな流れへと育まなければなりません。皆さんも同様のリストを作ってみて下さい。1日の中で皆さんがお使いになる品物をチェックして、知らず知らずのうちに使っている外国産のリストを作って下さい。そして、どうしてその品物が我々の生活に入り込んでしまったのかを考えてみてください。ある意味、私たちは外国製品に絡め捕られてしまっているのです。皆さん、どうか同じ商品の国産品を探してみて下さい。そして、今後インドの国内で製造された、インドの国民の汗水がしみ込んだ商品を優先的に使うと決心して下さい。皆さんは毎年新年の抱負を立てていらっしゃると思います。2021年は個人的な目標の他に、国のためにも新たな決意をして下さい。

 

国民の皆さん、独裁者や暴君から数千年の歴史を持つ我が国の文化、伝統、慣習を守るためにどれ程大きな犠牲が払われて来たか思い出して下さい。今日12月27日は、シーク教の第10代目グル、グル・ゴビンド・シン(Guru Gobind Singh)の二人の息子ゾラワール・シン(Zorawar Singh)とファテ・シン(Fateh Singh)が殉教した日です。二人は生きたまま壁に塗り込められ殺されました。独裁者は、グル、グル・ゴビンド・シンの二人の息子に信仰を捨てるよう、シーク教の偉大な教祖たちの教えを捨てるよう責め立てました。けれどもグル、グル・ゴビンド・シンの幼い二人の息子は、その年齢にも拘わらず、最後まで決して信仰を捨てるとは言いませんでした。勇気と意志の強さを見せつけました。壁の穴に放り込まれ、石がどんどん積まれ、壁がどんどん高くなり、死が目前に迫りましたが二人が怯むことはありませんでした。この日グル、グル・ゴビンド・シンの母グジャリ(Gujari)も殉死を遂げました。今日から1週間ほど前は9代目のグル、グル・テグ・バハドゥル(Guru Tegh Bahadur)が殉教を遂げた日に当たっていました。私はデリーのグルドワラ・ラカブ・ガンジ(Gurdwara Rakab Ganj Sahib) に参拝し、グル・テグ・バハドゥルに花を捧げ、額をつけ拝礼する機会を頂きました。今月、グル・ゴビンド・シンを師と仰ぐ人々の多くは地面の上に直接寝ます。人々は最大の敬意をもってグル・ゴビンド・シンの家族が遂げた殉教を思い起こし、心に留めておくのです。この殉教の精神から、我々人類は、世界の国々は、新しい学びを得ました。グル・ゴビンド・シンの家族は、我々の文明を身をもって守るという偉大な仕事をしました。我々は全て、彼らの殉教の精神が伝えようとするメッセージを受け取るという責務を負っています。ここで改めて、グル・テグ・バハドゥルの、グル・ゴビンド・シンの、その母上グジャリの、その息子たちの犠牲的精神に敬意と感謝の意を表したいと思います。こうした多くの人々の犠牲の上に我が国の文化や様式が守られ、今現在まで維持されてきたのです。

 

国民の皆さん、今から、皆さんを幸せにさせ、誇らしい気持ちにさせるお話をしたいと思います。インドヒョウの個体数が2014年から2018年の間に60%以上増加しました。2014年には、その数は7,900でしたが、2019年には12,852になりました。伝説のハンターでもあり、また作家でもあるジム・コーベットは「ヒョウが自然の中で自由に歩き回る姿を見たことがない者には、その美しさを想像することはできないだろう。その色がどれほど美しいか、その歩き方がどれほど魅力的か、想像することはできないだろう」と述べています。インドの多くの州で、特に中央インドで豹の個体数が増えています。マディヤ・プラデーシュ州、カルナータカ州、マハーラーシュトラ州が最大の生息地になっています。これは大きな成果です。豹は、何年もの間、世界中で生存が脅かされてきました。開発によりその生息地は減少してきました。そうした中、インドでその生息数が継続的に増加していることは、世界に範を示したと言えるでしょう。インドではライオンの個体数もトラの個体数も増えていることを皆さんは既にご存じでしょう。それだけではありません。森林面積も増加しました。その成果は政府のイニシアチブだけでなく、森林の植生、野菜生物の保護に取り組んできた多くの市民、シビル・ソサエティ、沢山の機関の活動があったからです。その活動は称賛に値するものです。

 

 皆さん、私はタミルナドゥ州コインバトールのある女の子が行った行為について書かれた記事を読んで感動しました。皆さんもソーシャルメディアでご覧になっただろうと思います。私たちは人間用の車椅子はよく見ています。けれどもコインバトールのガヤトルちゃんは、お父さんに手伝って貰って、怪我をした犬のために車椅子を作って上げたのです。ガヤトルちゃんの豊かな感性は、人々にインスピレーションを与えるものであり、それは全ての生き物に対する思いやりと慈悲の心を持っている人のみが出来ることなのです。

 デリー近郊を含む多くの町で厳しい寒さの中、飼い主のいない動物のために、様々な取り組みを行っている人々がいます。彼らは、こうした動物のために餌や水以外にセーターやベッドの手配までしています。毎日、何百という動物のために食事の手配をする人も少なからずいます。称賛されるべき行為です。ウッタル・プラデーシュ州のコーシャンビでも、こうした殊勝な行為が行われています。そこでは刑務所に服役している囚人たちが、寒さから牛を守るために、古びて破れた毛布でカバーを作っています。コーシャンビ以外の他の地域の刑務所からも毛布は集められています。コーシャンビの刑務所の囚人たちは、そうした毛布を縫い、毎週何枚ものカバーを作って色々な牛舎に送っています。このような、他者の世話をするという奉仕の精神を奨励しましょう。実際、こうした善行の一つ一つが共感に満ちた社会を作る力となっているのです。

 

国民の皆さん、私の前に大きな写真が2枚ついた手紙があります。これはある寺院の写真で、その写真には「以前」と「以後」の状態が写されていて、その写真に同封されていた手紙には、ユヴァ(Yuva) 青年隊と名乗る若者たちについて記載されていました。実は、この青年隊はカルナータカ州のスリーランガパトナ市(Srirangpatna)にあるヴェエルバドラ・スワミ(Veerbhadra Swami)というシヴァ神(ヒンドゥー教の神)の古代寺院を一変させたのです。寺院の周りに雑草や灌木がたくさんあったため、旅人もその寺院の存在さえ知りませんでした。ある日、何人かの観光客がこの忘れられた寺院のビデオをSNSに投稿しました。このビデオを見た青年隊は寺院の荒れた状態を見かねて、皆で改装することにしました。神殿の敷地に生い茂った雑草や草木を取り除き、必要な部分は建築物の修復も行いました。彼らの善行を見て、地元の人たちもセメントや塗装剤を提供するなど、手を差し伸べました。他にも多くの貢献がありました。これらの若者たちはみんな別々の仕事をしていましたから、週末の時間を割いて寺院の修理にあたりました。門扉の設置以外にも、電気の供給配線も修理し、寺院の華麗な威容を取り戻しました。

 

人々がすべての目標を達成するためには、情熱と断固とした決意の二つがとても重要になるものです。私はインドの若者たちを見て、大変うれしくなり安心しました。インドの若者は「やればできる」というアプローチと、「必ずやる」という精神を持っているからです。“どんな挑戦でも、乗り越えられないものはない。手の届かないものは何もない”ということを伝えているのではないでしょうか。

このあいだ、タミルナードゥ州のある先生について読みました。名前はヘマラタ N.K.さんで、ヴィデュプラム市(Viddupuram)の学校で世界最古と言われるタミル語の古語を教えています。新型コロナウイルスで外出禁止令施行中も、その教育活動には大きな障害もなく続けました。本当です。いろいろな挑戦は確かにありましたが、先生はあらゆる革新的な方法を見つけて、工夫しました。コースの全て53章を録音し、アニメーションを作り、USBドライブに格納して生徒に配布しました。この学習方法によって視覚的な理解が可能になり、生徒にとって非常に役立つものでした。同時に、先生は生徒たちと電話でも話し合いました。このような方法で教えることで、学生にとっても、とても楽しい勉強になりました。新型コロナウイルスの外出禁止令の間に、全国の教師たちが革新的な方法で、創造性の高いコースの教材を準備し採用したことは、このオンライン学習を強いられる時期には、非常に画期的なことでした。

教師の皆さんには、是非、文部省のディクシャポータルに教材をアップロードしていただきたいと思っています。これにより、国の遠離地域に住む学生も助かることでしょう。

 

  皆さん、これからジャルカンド州のコルワ族のヒラマンさんについて話したいと思います。ヒラマンさんはガルワ地区のシンジョー村に住んでいます。皆さんも驚かれるだろうと思いますが、コルワ族の人口はわずか6000人あまりで、都会から遠く離れた山林に住んでいます。ヒラマンさんさんは、自分の部族の文化とアイデンティティを守るために尽力してきました。彼は12年の間、絶え間ない努力の末、消滅しつつあるコルワ語の辞書を作成したのです。この辞書には、家庭で使うものから日常生活で使うものまで、コルワ語の言葉がたくさん含まれています。ヒラマンさんはコルワ族の一人として色々な試みをし、我々国民にお手本を示してくれました。

 

国民の皆さん、アクバルの宮廷にアブル・ファズルという有名な廷臣がいた、と言われています。彼はカシミールを訪問した、「カシミールのサフランの畑のその景色は、気性の荒い性格の人の気分さえをも高揚させ喜ばせるほど美しかった」と述べました。

事実、カシミールとサフランは、何世紀にもわたる関係があり、カシミールのサフランは主にプルワマ、バッジャン、キシュトワールなどで栽培されています。今年の5月には、カシミールのサフランは地理的表示の登録標章(GIタグ)が与えられました。これにより、カシミールのサフランを世界的に普及させたいと考えています。世界中では、カシミールのサフランは香りが強く、色も濃く、長くて太い糸状で薬効成分のある香味料として認められています。

サフランはジャンムー・カシミールの豊かな文化遺産でもあります。品質もユニークで、他の国のサフランとは完全に異なります。我が国のサフランは地理的表示登録標章が与えられたことで明確なアイデンティティを獲得しました。地理的表示登録標章を取得した後、ドゥバイのスーパーでもカシミールサフランが発売されました。喜ばしいことではありませんか。その結果、今後サフランの輸出は増加し、「アトマニルバール・バーラット(Atmanirbhar Bharat)」を構築するための取り組みがさらに強化され、特にサフランを栽培している農民は、これによって恩恵を受けられるようになります。

 

ここで、プルワマのトラルのシャー地区に住む「アブドウル・マジート・ワニ(Abdul Majeed Wani)」の事例を見てみましょう。彼は、パンポールのトレーディングセンターにある「全国サフラン・ミッション」の支援で、E-トレーディングを通じて地理的表示登録標章付きのサフランを販売しています。このように、カシミールでは多くの農民がこの活動に参加しています。次回サフランを購入するときは、カシミールのサフランを購入してください。カシミールの人々の暖かさが、サフランに独特の風味を与えていると言えるかもしれません。

 

国民の皆さん、ちょうど2日前は「ギータの誕生祭(Gita Jayanti) 」でした。「ギータ」は生活のあらゆる文脈で私たちを案内してくれます。なぜ「ギータ」がこんなに素晴らしい聖典なのか考えたことはありますか?それは「クリシュナ」神の声だからです。「ギータ」の独自性は質問から始まって、知識の探求から始まるという点にもあります。「アルジュナ 」神は「クリシュナ」神に質問を尋ねた後、世界の人々は「ギータ」の知恵を受けました。「ギータ」のように、私たちの文化におけるすべての知恵は探究心から始まっています。「ヴェダンタ 」神の最初のマントラは「アタート・ブラム・ジギャサ 」ですが、「アタート・ブラム・ジギャサ」とは「来てください。ブラムつまり神様について尋ねましょう」ということです。

そこで、次は究極の創造者ブラム、探求の神様、探求心の力について話したいと思います。

好奇心は常に新しいことを学ぶために刺激を与えます。子供の頃、私たちは好奇心が強く、たくさんの新しいことを学びます。つまり、好奇心がある限り、私たちは生きています。好奇心がある限り、何か新しいことを学ぶプロセスは続くということです。年齢も状況も、これにはまったく関係ありません。タミルナドゥ州の高齢者である「スリ二ヴァサチャルヤ・スワミ(T Srinivasacharya Swami)」氏について、次のような好奇心の例を知る機会を得ました。スリ二ヴァサチャルヤ・スワミさんは92歳です。この年齢でさえも、彼はコンピューターで本を書いています。本を書くことは普通だとしても、彼はいつコンピューターを学んだのですか?と考える人も当然いるでしょう。彼の大学時代にはコンピューターがありませんでしたが、彼は若い頃と同じように今も好奇心と自信があります。 スリ二ヴァサチャルヤ・スワミさんはサンスクリット語とタミル語の学者で、彼はこれまでに約16冊の霊的な本を書きました。しかし、近年、本の書き方や印刷方法が変わったことで、彼は86歳でコンピューターの使い方と必要なソフトウェアを学びました。そして、今もなお、彼は本を書き続けているのです。

皆さん、スリニヴァサチャルヤさんの人生そのものが、好奇心と向上心を持ち続け、エネルギーに溢れた人生と言えるのではないでしょうか。ですから、私たちも、出遅れたとか、これをやっていないから前に進めない。。などは、決して考えるべきではないということです。

国民の皆さん、今私たちは、好奇心から新たなことを学びそして行動することについて話しています。常に好奇心を持ち、新しいことに挑戦し続けている人は既にたくさんいます。これは、新年の決意にも関連付いています。

みなさんも、社会のために何かをすると、その社会自体が私たちにもっと何かをしようと思わせるエネルギーを与えてくれると感じたことはありませんか。大事なのは。。単純でいいんです。動機を持つということです。

 

1人、シュリマン・プラディープ・サングワンという若者がいます。グルグラム在住のプラディープさんは、2016年から”ヒマラヤを癒そう“というキャンぺーンを‘しています。彼は、彼のチームとボランディアで協力してくれる人たちを率いて、観光客が捨てていったプラスチックのゴミ拾いをヒマラヤのあらゆる地域で行っています。プラディープさんは、これまでヒマラヤのあらゆる観光地で何トンものプラスチックごみを収集しました。同様に、カルナタカのアヌディープ、ミヌシャ夫妻がいます。二人は先月の11月に結婚したばかりです。多くの若者が新婚旅行に行きます。そして、二人もそうしましたが、彼らは、それまでの旅行でどこへ行っても観光客が残していくたくさんのゴミを見て、他の新婚カップルとは違う行動をとりました。

二人の新婚旅行先だったソムシュワルビーチも同様でした。

そして、アヌディープさんとミヌシャさんは、そのビーチに捨てられているゴミを拾うことにしました。これは、結婚後二人が夫婦として決めた最初の決断でした。そして、たくさんのゴミを拾い、ビーチをきれいにしました。アヌディープは、ソーシャルメディアでも自分たちの行動を共有しました。

すると、彼の考えに共感した多くの若者が彼の活動に参加しました。皆さんも驚くことでしょう。その後彼らが集めたごみは何と800キロものごみを集めて、ビーチをきれいにしました。

皆さん、これらの努力がなされる中で、先ず私たちが考えなければならないことは、このようのビーチや山々に、どうやってこんなにたくさんのゴミがたまったのかです。結局、そこにごみを捨てる当事者は私たち自身です。私たちは、アヌディープさんとミヌシャさんのように清掃活動を実行すべきです。しかし、私たちが最初にしなければならない決意は、ごみを道に捨てないということです。これも、インドをきれいにしようキャンペーンの最初の決意でしたね。

そして、そうです。私はもう一つ皆さんに思い出してほしいことがあります。コロナ禍で、あまりこれについて話すことが出来ませんでしたが、国内でのプラスチックの再利用です。これは、私たちの2021年の決意の一つでもあります。

最後に、皆さんとご家族のご健勝と良い新年を迎えられることを祈り、今年最後の挨拶とします。新年の1月のマンキバートでは、新しい課題にふれたいと思っています。

ありがとうございました。